海外生活で人様の顔を覚えられない不思議と苦悩

カナダに来てからずっと感じていた。でもそこまで難しくは考えていなかった。考えるにしてもせいぜい、

「単なる記憶力の低下だろう」

ぐらい。いやいや、それはもう大問題のような気もするが、それを大した問題とも捉えない程にお気楽だったという訳。海外生活を送りながらしてそこまで「のほほん」としていられるのも実は悪い事ではない。

まあとにかく人様の顔を覚えられないのだ。元々人付き合いは少ないからそれでも特別困る事は無かった。それにこの問題には一つ特徴がある。覚えられないのは相手がヨーロッパ系白人の場合だけという点。範囲がそこまで限定されていればまず生活には支障をきたさない、

はずだった。

ところが、ある時から改めてこの問題を意識し始めた。それは家から近いドッグパーク(ドッグラン)での一幕があったからだ。

私は根っからの犬好きで、ドッグパークに行けば基本的に犬しか目に入らない。優先順位は、

ウチの犬 >> 人様の犬 >>>>> 人様

といった感じで、我が家の犬が小さな子供に飛びかかったりする事が無いようにいつも周囲に注意を払ってはいるものの、それは「人」に対する注意と言うより、「ヒト」という種族に対する注意である気がしないでもない。

あの日も自由に駆け回る犬達に完全に見惚れていた。そんな時前からこちらに向かって満面の笑顔で近づいて来る犬が居た。私も当然笑顔になる。すると声が聞こえた。「やあ、また会ったね!」と。残念ながら犬が喋ったのではない。その後ろからついて来た飼い主さんの声だ。彼等も笑顔だった。

その笑顔を前に、私もつい申し訳なくなって素直に「ごめんなさい、どちら様ですか?」とは聞けなかった。自分の表情から笑みが引いて行きそうになるのも何とか堪えた。相手は男女二人組、まさかその二人とも覚えていないなどと気づかれるまいと、「元気?」とか当たり障りの無い言葉を返して別れたけれど、心の中の緊張は相手に見透かされてしまっただろうか?

家へと帰る道、車を運転しながらずっと考えていたし、ウチの犬にも聞いてみた。でも結局家に到着するまで答えは出ず、さっき会ったばかりの彼等の顔をまた完全に忘れてしまったのだった。

以来意識せずにはいられなくなり、すると実はこの問題が生活に支障をきたしている事にも気がついてしまった。普段から付き合いのあるご近所さんの顔を覚えられていなかったのだ。それは兄妹で住むお隣りさん。家の前で会えばすぐに誰なのかは分かる。ところが一旦そこを離れると途端に判断がつかなくなるらしかった。そう気づいたのは生活圏内にあるスーパーの駐車場でお隣りさん(妹)に出くわした時の事だ。ばつが悪いやら、嘆かわしいやらで、この時ばかりは少し真剣に悩んだ。

最近になってこの兄妹からクリスマスプレゼントにチョコレートを頂き、カードに書かれてあった事でこの時初めて知った彼等のラストネーム+元から知っているファーストネームでFacebook上にて検索をかけてみると、幸いにも二人とも見つける事ができ、そこには顔写真もバッチリと載っていた。まじまじと眺めては「こんな顔立ちだったっけ?」、「そうだ、確かにこんな感じだと思う」などと一人問答を繰り返している。

それはお互い様と言いたいのだが、実際のところ私と彼等とではまるで事情が異なる。この地域の住民の大半はヨーロッパ系白人。アジア系の顔を見かける事はほぼ無い。私にとって彼等は数百分の1でも、彼等にとっての私はせいぜい何分の1に過ぎない。顔を覚えていなかったところで、私を私だと判断できる「状況の幅」は私のそれと比較してもずっと広いのだ。もし住んでいるのがリッチモンド(Richmond:バンクーバー都市圏内にあり、中国系住民が総人口の5割以上を占める町)なら、困っているのは逆に彼等だったりする?かも知れない。

その後やはり気になって色々と調べていくうちに、どうやら他人種に属する人の顔を覚えられないのには科学的根拠があるらしい事が分かった。

記憶力に問題があるのではなく、幼少期からの環境に決定されるという事。一定の年齢を過ぎてしまうと、どれだけ頑張って勉強してもネイティブのようには外国語を話せないのと同様、努力で解決できるものとは違うという事。つまり「問題」として捉える必要は無いのだと理解すればいいだろうか。

ただ、私の場合、覚えられないのはあくまでヨーロッパ系白人に限っての話。それによくよく考えてみると、中でも英語を母語とする人達ばかり。そして珍しく考えに考えて、最終的に辿り着いた結論は、上述の科学的根拠が原因となっている部分もありながら、同時に自身の英語能力の低さとそこから来るコンプレックス、更にはコンプレックスが邪魔してより高まる会話構築の難易度、結果双方間で共通する話題を導き出せないのが影響しているという事だった。だから記憶の中で彼等の存在感そのものが薄くなる(ごめんなさい)。

あれ?もしかして不思議でも何でもない?原因が見つかってしまった。おまけによくありがちなやつだ。とは言え原因が分かっただけで一件落着とはならないのは、それが容易に解決できる訳ではないのを痛い程理解しているからだ。これは本当に冗談抜きで痛い。

もしかすると、同じような悩みや矛盾を抱えている人は案外少なくないのかも知れない。違いますか?

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