カナダで異なるコロナワクチンの接種を受けて(アストラゼネカ+ファイザー)

カナダで異なるコロナワクチンの接種を受けて(アストラゼネカ+ファイザー)

大した事は別に何も起こらなかった。まるで「パルプンテ」を唱えた後に訪れたのが静寂であっただけのように。

「パルプンテ」と違うのは、ワクチンは当然科学的に検証が進められているという事。それでもまだまだ確実と言えるまでデータが揃っているとは言い切れないのも事実だから、何が起きてもおかしくないという心構えだけはしていた。充分か否かは別にして。

ワクチンをめぐる情報はこれまでにも幾度と無く変更されて来た。正確には、よりデータが揃う度に情報もより洗練されたものに変わって来たと言うべきか。

そのような状況にあっても、超短期間で開発されたワクチンが今後長期間に渡って体にどのような影響を及ぼすかについて心配する人は相変わらず少なくないし、簡単には解明も解決もされないであろう不確定な要素を多分に含んでいるのは間違い無い。異なる2種類のワクチンを打つ事のリスクについても同じ事が言えるだろう。

だから、異なるワクチンを打つと副反応(発熱や悪寒などの一般的な副反応)が出る可能性が高くなるとされているのも、実際のところどこまで正確なのかだなんて知る由も無い。ただ、一般庶民の私には現時点で入手し得る情報は他に何も無いが故に、何かにすがる為の「根拠」として都合よく捉えたのはごく自然な事だった。

「一般的な副反応が出やすい。このような表現は、考えようによっては大してリスキーではないと言っているようにも聞こえる。より命に関わる副反応が出たケースが多かったのなら、一般的な副反応についてばかり触れられるだろうか(意図的に情報操作をしているのでなければ)」

更には、

「有効性が低いと言われているアストラゼネカを2回打つより、2回目にファイザーを打った方がより効果的かも知れないし」

そんな風に信じて、結果ファイザーを選んだ。

実際、接種翌日に少しばかりの筋肉痛があったのと、37度ちょっとの微熱が出たぐらいで終わったのは幸いだった。1回目にアストラゼネカワクチンを接種した時に経験した副反応の方がよっぽどつらかった。

無論、それはワクチン接種を終えたばかりの時点での話であって、より長いスパンで見た時に、今回の選択がどのような結果をもたらす事になるのかは分からない。でもそれはドラえもんか、ドク(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』)にでも頼んで時空を超えない限り誰にも分からない。だから今から悩んだりしない。

2回目のワクチン接種の受けた事で得られたメリットは、(言われているように効果が発揮されるのであれば)ウイルスへの感染や、万一感染した場合の重症化から身を守れるのはもちろん、ワクチン接種を促す為に当地(アルバータ州)でも導入された宝くじで大金をゲットするチャンスを獲得した事*。

7月から9月にかけて、毎月1人に贈られる100万カナダドル(日本円にして9000万円弱)。7月については1度でも接種を受けた人全員が対象になるものの、8月以降は2回の接種を済ませた人だけが対象になる為、現時点で既に2回の接種を済ませた私の場合、7月に当たらなくても8月、8月に当たらなくても9月と、計3回のチャンスを得られる。現金以外にも航空券や旅行のパッケージ、そして私が以前から行きたいと思っていたカルガリー・スタンピードの入場券等が当たるらしい。


*カナダ国内ではこれまでにアルバータ州とマニトバ州でこのような宝くじの導入が決まっているのに対して、オンタリオ州ブリティッシュ・コロンビア州サスカチュワン州では導入予定無しと各州政府が明言している。

これまでに数多くの犠牲と貢献があったからこそ、今こうして私達がワクチンを打つ機会に恵まれている事を思うと、宝くじで接種率を上げたりだとか、それが当たったとして大喜びしたりするのには、どこかで違和感を覚えたり、不謹慎に感ぜずにはいられないのもまた確か。

それでも私自身は、今回犠牲や貢献を意識してワクチンの接種を受けられた事を、この社会で生きている上でかけがえの無い経験であり、大きな節目にもなったと捉えている。それを踏まえて、もし宝くじが当たったりしたら、また改めて自分にできる貢献をしたいと、当たるはずも無いのに考えているし、実際に当たった人がそうしてくれたならいいなと思う。

喜ばしいのは、最近より多くの人が接種を受けるようになり、そして私のように2度の接種を済ませた人も増えて来て、一時は人口あたりの感染者がアメリカを含めた北米で最も多かったこの州も、1日の新規感染者数が4桁から2桁にまで減少しているという事実だ。そしてこのような状況の変化を受けて、コロナ禍が始まって以来、州の首席医務官により毎日のように開かれていた記者会見も、6月29日を以って終了する事が決まったそうだ。

パンデミックなど、人が生きている間に1度経験するかしないかという事態に遭遇して、ただでさえどう対処していいのか分からないのは皆一緒。それでも政治家や医療従事者は困惑した素振りを見せる事さえ許されなかった。いつでも冷静、且つ死に物狂いである事を求められ、それも1ヶ月や2ヶ月で済んだ訳ではない。彼等は感情が無く、疲れを知らないロボットなどではないし、ロボットですらあまりの忙しさで人類に対して謀反を起こしかねない日々だっただろう。

その丁寧でありながらもよどみない話し口が絶賛された当初から、後には州内で感染が拡大したのは首席医務官に責任があるというような言われ方を一部からされるに至るまで、その変化にコロナ禍が社会に与えた影響を感じ、その影響で浮き彫りにされた人々の身勝手さを垣間見た気がしていたのだが、ようやくそんな日々からも解放されると感じているのは私だけではなく、彼女こそそう思っているに違いない。

最後に私の本音も書き加えておく。矛盾するようではあるが、それでも日本の政治家はあまりに無能だと言いたい。その無能振りを見るにつけ、虚しく、嘆かわしく、情け無く思わずにいられないのだ。

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