初めてのメキシコ旅行 〜 グアナファトとサンミゲルデアジェンデを訪れて

折角貯めて来たマイルが失効してしまうのはもったいないと、残っていた分を使って交換したメキシコ行きの往復航空券。

予約を入れたのはもう半年以上も前のことであったから、実はそんな旅が間近に迫って来ていたのも忘れかけていたほどだった。

すっかり忘れかけていたような旅、つまりはそうさせてしまうほど私はメキシコに対して興味がある訳でなく、何より同時に無知でもあった。

それにもかかわらず今回の目的地としてメキシコを選んだ理由は2つ。元々貯まっていたマイルが少なく(前回の帰国でも使ってしまっていた)、往復航空券に交換するには近場しか選択肢が無かったこと。そして同じ近場でもアメリカのどこかに行きたいとも思わなかったから。ここまで消極的な選択もそうそう無いだろう。

そのくせして選んだのは首都であるメキシコシティではなくグアナファト州の町だと言うのだから、まるで世界を股にかける職業トラベラーであるかのように勘違いされそうだが、それはあくまでも偶然に過ぎず、たまたまその頃写真で見かけていただけの話。全く何も調べずに写真だけで行き先を決めてしまったのは初めてだ。

いずれもが世界遺産としてリストにその名を連ねていて、色とりどりに塗られた家や教会は確かに美しかったし、その間にある起伏の多い道を目的無く彷徨うのは楽しかった。同時に世界遺産であることを決して前面に押し出さない慎ましやかさも気に入った。

帳が降りてしばらくもすれば、美声を響かせながらグアナファトの狭い道を練り歩く楽隊が出現した。毎晩宿の主人が屋上で振る舞うマルガリータを片手に私はその様子を見下ろし、時を忘れそうになるまで彼等の歌声に耳を傾けた。

お土産の買い出しに訪れたサンミゲルデアジェンデのスーパーの前で、近寄って来た野犬と戯れて、戯れ疲れた後には、持ち歩いていた水を1人と2匹で分け合って飲んだのもいい思い出だ。

それでも、帰って来てなお強烈に心に残るものがあるかと問われれば、正直なところ私はどう答えていいのか分からずにいる。今になって改めて振り返ってみると、その理由はきっと現地の人々とのやり取りが少なかったことにあるように思う。

残念ながら私は全くスペイン語を解さず、口に出せるのはせいぜい Hola とか Gracias ぐらい。あとはわずかなフランス語の知識から単語の意味を推測する他無い。そういった言語面での限界がもたらす困難に加えて、どちらの町でも観光客が地元の人より多く、誰かとゆっくり会話を楽しむなどという空気感を見つけられなかったのも事実だ。

そして今回の旅では現地の人々が私の想像よりずっと控えめであるという印象を受けた。特に観光地に於いてはその性格が私を楽にさせてくれることもあれば、どこか物足りなく感じさせる部分も無きにしも非ずで、物の押し売りに遭わずに済むけれど、圧が強い人達との間で展開されるハプニングも無い。お互い気軽に挨拶は交わしてもそこまでで終わってしまうのは、単に言葉の問題だけではなく、そんな彼等の控えめさもあってのことだったのではないか。

大きなフェスティバルの真っ只中(事前に何も調べずに行った私は全く知らなかった)にあったグアナファトでは、今回滞在した宿にもそれを目当てにアメリカやカナダ、遠くはスウェーデンからやって来た人達が滞在していた。

私が想像するアメリカ人像(ステレオタイプ)そのままでも、陽気でどこか憎めないコロラドの山男。あまり話す機会は無かったけれどカルガリー出身とのことで親しみを感じられた老婦人2人組。スウェーデン人にしては珍しく英語が拙く、却ってコミュニケーションが取りやすくて沢山話せたアーティストの女性。彼等と共にする朝食から始まった1日は悪くなかった。

私も彼等のように月単位で滞在できたのなら、きっともっと振り返ることのできる場面があって、もっと彼の地を好きになれたのだろうか。でもいくら何でもそれは流石に無理だ。現実の中の非現実はいつだって長く続きはしない。

誰より私自身が意外に思ったのは、現地の料理を3日も食べ続けたら飽きてしまったこと。ほぼ何も知らないメキシコへの旅を前に最も楽しみにしていたのが食だったはず。カナダに移り住んでから何度も食する機会があって、いつも、何を食べても好印象だったのが、どうやらそれが毎食ともなるとダメらしいことに気づいた。

頂いたものはどれもこれもおいしかった。けれど味付けが似たり寄ったりに感じられてしまっただけでなく、もっと辛いものを期待していたのに、「これなら辛い」とウェイターさんお墨付きのサルサですら私にとってはやはり期待外れだった。せめて辛いサルサがあれば単調な味付けも誤魔化しようがあるのにと、何度心の中で思ったことだろう。

結局のところ、私は1週間の滞在ぐらいでちょうどよかったのだ。

つまり、私が一回の旅に費やせる時間として現実的に考え、メキシコの食べ物にもどうにか対処できるのが1週間であるとして、その範囲内でもう少し現地の人々との触れ合いを欲するのならば、どこか1ヶ所に限定して滞在した方がよかったのかも知れない。

グアナファトにしても、サンミゲルデアジェンデにしても、人様が言うには1日2日あれば充分(特に後者は日帰りでもいい)らしいのだが、生来のぐうたらが旅に出ても抜けない私にとってそれはあまりに短過ぎるし、実際に3日滞在しても退屈に思うことなど無かった。

とは言え、そのいずれかを再度訪れるぐらいならばまた別のメキシコの町に行ってみたい。今はまだ知らないどこか1つの町でまるまる1週間過ごしたら、次はどんな人や景色と出会い、どんな思い出を作ることができるだろうか。