先日、パスポートの申請に出かけた時の事。レセプションで申請書類が揃っているかの確認をされた時も、それから2時間弱待った後での申請窓口でも、私の提出した書類の中に市民権証書を見つけた係員の人が一様に「おめでとう」と声を掛けてくれた。
そんなにおめでたい事なのかと、まだ私自身よく分かっていない気もするのだけれど、そのように言ってもらえるのはもちろんうれしいものだ。
ところがその日、パスポートオフィスで特にうれしかった瞬間はまた別にあった。
到着してすぐ、レセプションへと案内される前にもう一人別の女性が居て、予約があるかどうかを確認したり、前の人と一定の間隔を保てるように並ぶ場所を指示していた。そして時には待合室を見渡し、既に番号札を手にして順番を待っていた人に声を掛けてまわり、長い待ち時間でイライラしてしまいそうな人々の心をほぐそうとしてくれていた。
そんな彼女が私のところにやって来た時のこと。新規での申請か、それとも更新なのかと聞かれ、レセプションで既に確認された内容をどうしてまた聞かれなければいけないのかと、私は正直面倒くさく感じてしまったのだが、彼女はただ新規と更新それぞれの場合で待ち時間はあとどれくらいあるのかを教えてくれようとしただけだったのだ。
そこで新規での申請であることを告げたことから、話の流れで私が最近になってカナダの市民権を取得したばかりだと知った彼女は、さっきのレセプションの人とは違って誰にも聞こえるような大きな声で、そしていかにもイタリア系*らしく、幾分大袈裟にも見える手の動きまで交えて「おめでとう!」と言った。
*ウィンザーはイタリア系の人口が結構多く、「リトルイタリー」と呼ばれる地域まであって、カナダでも最もおいしいピザが食べられるなどという人も居るらしい。
それからどこかに行ったかと思うと、彼女はまたすぐに私のところへと戻って来て、その手にはカナダの国旗がデザインされたピンバッチを持っていた。私にくれると言うのだ。モノをくれるからではなく、彼女のその心が何よりうれしく、私もありがたくそのピンバッチを頂戴することにした。出来上がったパスポートを取りに改めて赴く時にはそれを身につけて行こうかと思っている。
メープルリープの形が若干いびつに見えるメイドインチャイナのピンバッチ。
日本人であった私にとって、カナダの市民権を取得することは同時に日本国籍を失うということでもあり、その中で覚えた喪失感が彼等には到底理解し難いものであるのは分かっている。だからこそ何がそんなにおめでたいのかと感じてしまうのだろうけれど、掛けてくれた言葉には多少なりとも彼等の思いが含まれ、もらったピンバッチはそんな思いを形にし、今後にも残る一つの証にしてくれた。
私も次第に国籍上では元日本人となった自分に慣れて、喪失感だっていずれは薄れて行くことだろう。今はまだあまり感じられないおめでたさをより素直に受け入れられるようになった時に、このピンバッチがあればきっとまた彼等がくれた思いを改めて振り返ることができる。そして他の誰かに同じように「おめでとう」の言葉を掛けられるように早くなりたいと思う。