カナダで家主になると人間不信に陥るのは免れないかも知れない

ここアルバータ州で「自分の家」と呼べる場所を所有するようになって2年弱になる。生まれてこの方初めての持ち家だし、私ならではのアイデアが詰まった空間だから思い入れも強い。

ところが今回引越が必要になってしまったことで迫られたのは、2つしか無い選択肢からそのいずれかを選ぶことだ。つまり、家を売るのか、それとも貸し出すのか。

カナダではそれこそ車を売ったり買ったりするかのように、その時々の需要に合わせて何度も家の住み替えをする人も多いと聞く。では私も同じようにできるかと言えばなかなかそうもいかない。家を建てると決めるまでの覚悟に、先に言ったような思い入れもあり、「持ち家=終の住処」的感覚からは簡単に抜け出せる訳ではないらしい。

結果、私はこの家を貸し出すことに決めた。

一旦そうと決めたら、あとは引越までの限られた時間内で借りてくれる人を探さなくてはいけない。日本であればそれこそ学生向けのワンルームでさえ不動産屋さんに頼むのが当たり前でも、ここカナダに於いては自分で賃貸サイトに広告を出して借主を見つけるのが一般的だ。我が家のベースメント(半地下)にしても、1年半前にはその方法で住んでくれる人を探した。

ところがこれはとても骨の折れる作業で、次から次へとコンタクトして来る人は居ても、広告に書かれた内容を大して読んでいないなどというのはもう当たり前だし、家主として特に譲れない(当然広告にも書いてある)条件面を改めて含めた内容で返信すると、それ以上は何も言って来ないなどという無礼な輩が大半を占めるのだから気分が悪い。

無論、多少気分が悪かろうとそれを耐え忍ばなければ前には進めない。それでも時には我慢がならないことがある。

双方間で条件面でのすり合わせを済ませ、実際に内覧の日取りまで設定した後になってキャンセルされるだけでもう我慢の限界だと言うのに、予定の1時間前にこちらから丁寧に確認の連絡をしてようやく「子供にコロナのような症状があるから行けない」だとか、「私達2人して調子が悪くなった」とか、いかにも嘘っぽい理由でドタキャンされるのには腸が煮えくり返る思いだった。

中でも子供がコロナ云々と抜かした輩には、「そういう時はもう少し早めに連絡してくださいね」と適度に嫌味を含んで言ってやると、「何それ?本気で言ってるの?もっとプロフェッショナルになった方がいいわよ」と勘違いも気違いも甚だしい返信が来たのだが、それを見た私はこんな人に貸し出すことにならずに済んで却って助かったと一安心した。約束を反故にしただけでなく、自分から連絡して来るという最低限の常識すら持ち合わせず、あろうことか幼い子供を言い訳に使うような親ほど信用のならない人間は居ない。大体私は不動産屋ではない。相手とはあくまでも対等の立場だ。こちらにプロフェッショナルな家主であるよう迫るのならば、まずはそちらがプロフェッショナルな親であれと言いたい。

他には既に内覧を終え、書類提出の段階になっておかしな動きを見せる者も居た。

書類というのはつまり借主が信用に値する人であるのかを判断する為の材料で、具体的には過去3ヶ月間の給与明細に、現在若しくは過去の家主の連絡先、そしてクレジットスコア(個人のクレジットカードの利用履歴のみならず、ローン、公共料金、携帯電話、家賃などの支払や返済に関する履歴が信用情報機関で集計され、独自の算出方法で個人の信用評価を数値化し、格付けしたもの)などがある。

ところが、頼んでもいない職場の上司の連絡先を伝えて来た割に、給与明細はいつまでも出して来ない。改めて提出を求めると、「上司と話してくれたら何でも分かると思って」などと言う。常識的に考えて部下の給与を部外者に教える上司が居るはずも無い。その「上司」だという人物にしても、私が知らされた下の名前(ファーストネーム)だけでは本人確認は難しいし、実際どこの馬の骨かも分からない。当然ながらこの人との契約は見送った。

私は不動産のプロフェッショナルではないけれど、海外生活での経験だけはそれなりに豊富だ。故に、幸か不幸か、時に過剰にも思える程の警戒心があるのを自認しており、それが私を守って来てもくれたと感じている。カナダに来る前は、「きっとカナダは(当時住んでいた国と比べて)ずっとマシだろう」と思っていたのだが、現実は決してそうではなかったし、それまでに積み上げた生活経験がここでも活きている。

そんな警戒心が私に遠回りさせることだってあるだろう。でも仕方無い。自分の身も、自分の家や財産も、私が守らなければ誰も守ってはくれないのだから。ただ、その過程で人間不信に陥ることはあっても、それがこの社会の全体像ではないのだと自らに言い聞かせられるだけの心の余裕をいつも持っていたいとは思う。

最後には理想的とも言える借主が見つかり、今晩にも契約書にサインを交わすことになっている。ようやくの一件落着で、来月に迫った私自身の引越への準備ももう少し前に進められそうだ。