「治安はいいの?悪いの?」という質問への返答に窮するカナダ在住者の私

カナダに生活している為に受ける機会の多い質問の1つに治安に関するものがある。質問を投げかけられる事自体に対して困惑こそしないものの、その内容が焦点の絞られていないものであったり、そこまで具体的な回答でなく全体像を知りたいと言われるのにはやはり困ってしまう。

日本国内であれば、例えば北九州と青森や、歌舞伎町と田園調布とでは人口規模も社会構造も異なるのだから治安状況にだって差があると分かっていても、話の舞台が外国へと移った途端にそのような判断ができなくなる人は少なくない。

それを理解できない訳ではないけれど、私からすれば、少なくとも各都市、各地域間で相違がある点は日本と外国で共通しているのだという事を知って欲しいと思うのもまた事実。日本に治安のいい場所とそうではない場所があるのなら、カナダとてそれは同じ事だ。

私が初めてエドモントンのダウンタウンまで車を走らせた時の事。大きなホテルやオフィスタワーが立ち並ぶような場所なのに、私の目にはただ暗い街並に映っただけでなく、その暗さもどことなく人を不安にさせるようなものに感じられた。後から聞いたところでは治安も実際によくないとの事。確かにその後何度か同じ場所を車で通った時にも、いかにも薬物中毒者といった風態の人がフラフラと歩いているのを少なからず見かけている。

そして最近私の住む町にある高校では殺人事件が発生した。ナイフを持った暴漢が教室に侵入し、刺された17歳の女子高生はその後ドクターヘリでエドモントンの大学病院へと運ばれたものの残念ながら助からなかった。

では、私がエドモントンのダウンタウンで気になった暗さが町全体を覆っているのかと言えば当然そうではない。百万もの人口を抱える町でそんなにどこもかしこも危ないのであれば、今頃もっと有名になっているだろう。

私の町で起きた事にしても、とても不幸な出来事ではあったのだが、ここで今回のような事件はあくまで突発的なものに過ぎず、治安に関する問題で普段から聞くのはせいぜいアマゾンなどの置き配で盗難に遭ったというぐらいだ。だから皆一様に驚き、その後せめて葬儀にかかる費用の足しにでもと有志が募金活動を始めたところ、ほんの数日の間に数万ドルものお金が集まった。

私自身、カナダに移住して来る前も、カナダ国内で引越をする際も、人様がネット上に書き残してくれた内容を参考にさせて頂いたし、自分もできる範囲内で同じようにお手伝いをするのにやぶさかではない。肌感覚での安全度を伝えられるのはこの地に住む者ならではなのだから。

それでも特に治安に関しては、自分の知識や感覚を自分の言葉で情報化する事には危うさが伴うのも重々承知している。だからこそ聞かれた場合にも全体像は伝えられないと断りを入れた上で、できるだけ範囲を絞り、主観を含みつつ、より具体的に伝えるのと同時に、その中の一部ばかりがフォーカスされないよう、背景などについても説明をする事に努めている。

結局のところ、こんな事を言っては元も子も無いと言われるのかも知れないけれど、危険から身を守る為に私が最も大切だと感じているのは所謂「野生の勘」というやつだ。ただ大切なだけでなく最も役に立つ。

だからどの町のどの地域に住む事を予定しているにせよ、とにかくひとまず下見に行くようにいつも勧めている。私にできるのはあくまでその前段階のお手伝いだけなので、実際に訪れてみて、自分の目で見て、感じ、答えを出してくださいと。

逆にそれすらできずに、他人から得た回答だけで決断を下してしまうようでは、自分で自分を守るという責任を初めから放棄しているようなもの。何かにチャレンジするのはいい事でも、ただ新しい町に住むだけの事に命をかける理由など本当にあるだろうか。何事にも念入りな準備が肝要だ。もちろん難民としてやって来る人にまでそんな事を言うつもりは無い。とは言え、私が実際にそういう人から質問を受ける事だってまず無いだろう。

誰かが身を挺してまで守ってくれるなどと期待してはいけない。自分を如何にして守るのか、それを最も真剣に考えられるのは自分しか居ない。初めて行く国で自分で自分を生まれたての子供のように扱おうとも、他人は決して子供扱いなどしてくれない。それは近頃アメリカで多く発生しているというヘイトクライムについての報道を見る度に殊に強く感じている。

どうしてもその場所でなければいけない理由が無いのなら離れる決断をする勇気が必要になる事もあるだろうし、そこで生活する以外に選択肢が無いのなら、野生の勘を養い、語学力の向上を図って、より安全に生きる術を習得する。言葉の遣い方次第で上手く相手をかわせたり、逆にナイフでひと突きにされたりするような事は日本でも日頃から起きている。それでも日本が他のどこよりも安全であるかのように思うのは、言葉の問題も無く、いざという時の対処方法をある程度は心得ているから。外国での生活でも自分の身を同じような状況下に配する事ができるようになるには、まず自分が変わる以外方法は無い。

私も実際にそういうつもりで生活しているし、それでも何かの事態に遭遇してしまったら、その時は運が悪かったと思うか、自分の日頃からの準備が不足していたと思うしか無いと考えている。