厳寒の日に夢見るのは北極海へと続く道

厳寒の日に夢見るのは北極海へと続く道

最近になって知った事。カナダには北極海へと続く道があるらしい。その名もデンプスター・ハイウェイ (Dempster Highway)。

稀に見る暖冬だと先月までは思っていたのが、今月に入ってから気温が急に下がりだして、ここ数日などは最低気温がマイナス40度にまで落ち込んでいる。日中の最高気温だって上がってもせいぜいマイナス25度程度だ。

あの日も犬の散歩をしながら、前から吹きつける風のあまりの冷たさに、何か独り言でも呟きながらでないと立ち止まってしまいそうで、口こそが体を動かす為の歯車であるかのように、とにかく絶えず犬に話し掛け続けていた。

そんな状況にも拘らず、頭の中に描かれていたのは北極海へと続く道をドライブする情景だった。

Inuvik-Tuktoyaktuk Highway

デンプスター・ハイウェイの名は元々北極圏を目指す人の間ではよく知られていたらしい。ただ、より厳密に言えば、デンプスター・ハイウェイ自体は北極圏に達してはいても北極海まで繋がっている訳ではなく、その北端にある町イヌヴィック (Inuvik) から更にイヌヴィック・トゥクトヤクトゥク・ハイウェイ (Inuvik-Tuktoyaktuk Highway) を北へ140km程走るとようやく辿り着くそうだ。そしてこの長い名前を冠した道が開通したのは2017年の事なのだとか。

北極海沿岸に人の住む集落がある事にも、そしてそんな場所へと続いている道がある事にも驚く。

どうして人々はそこへと行き着いたのか。何があるのか分からずとも、心の底から湧き起こる興味を抑えきれない。同時に、きっとそこには何も無いのだろうとも思う。それでもやっぱりいつかは実際に行ってこの目で見てみたい。

カナダで如何に人種の多様化が進んでいると言われていても、そこで話題にされるのは、それこそ私のように国外から流入して来た移民である事がほとんど。

ところが、今ではカナダと呼ばれるこの国が占める土地にも、実際には遥か昔から住んでいた人々が居る。英語やフランス語由来でなく、どう読めばいいのか分からない地名が全国各地に散見されるのもその証。上にもあるトゥクトヤクトゥク (Tuktoyaktuk) にしてもそうだし、誰でも知っていて発音こそ難しくないものの、トロント (Toronto)オタワ (Ottawa) だって、元はと言えば先住民の言語から来る地名だったりする。

それにも拘らず、カナダ建国以来、先住民は長らく苦難の歴史を歩み続けて来たそうだ。現在に至るまで、カナダ社会に存在する問題の中には、彼等の人権や尊厳に負の影響を及ぼすものが少なくない。

避妊手術を強要されたり、キリスト教寄宿学校で同化教育を施されたり、理不尽な暴行の被害に遭ったり、保護が約束されたはずの居住区に国がパイプラインを通そうとしたり。そういった事にさらされ続けて来た彼等の失業率、貧困率、犯罪率、自殺率はいずれも全国平均を大きく上回る。

外国からの移民なら積極的に受け入れるのに、自分達より先にこの地に住んでいた人達を受け入れられない理由は?残念ながらこの問題にまだ関心を持ち始めたばかりの私には知る由も無い。

内地と北極海を結ぶ道の終わりにあるのもイヌイットの人々が住む集落。その道にしても、先住民族の歴史にしても、私の中では依然として興味の域を超えていない。でも彼等にとってこの道が意味するものは何だろう。どのような気持ちで開通の日(2017年11月15日)を迎えたのか。そして開通から3年強になる今、生活にもたらされたのはどのような変化だったのか。

そんな事を考え始めると興味本位で訪れるなどできそうも無いと言ったら、それは単に私が考え過ぎなだけと思われるのかも知れないけれど。

ただ、私自身1人の移民としてカナダにやって来て、そんな私を受け入れてくれたのは国だけでなく、この国に住む人々だとも考えている。その人々の中には当然先住民が含まれる。受け入れてもらえた事に対するせめてものお返しに、彼等がこれまでそれに値しながらも充分に受けて来たとは言えない尊重を以って、自分にでき得る学びを経た上で、初めて彼等の土地へと足を運ばせてもらえればと思う。

そんな事を考えていた日、「ここでさえ今日はこんなに寒いのに、北極圏にある集落はどれだけ寒いんだろう?」とふと思って調べてみたら、なんと、私の住む町の方が気温が低かったのには笑えなかった。

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