前篇:口で言うだけなら簡単な「オンタリオ州まで新居探しの旅」から続く
現地到着の翌日と翌々日に内覧できたのは、それぞれコンドミニアムの18階の部屋に、2階建てアパートの1室、そしてタウンハウスのような造りの2階部分のユニット。
初めに見たコンドミニアムの物件は高層階だけあり眺望は最高で、アメリカの町をも見渡すことができた。また、ダウンタウンの一角に立地し、徒歩圏内に多くのレストランやバーが点在しているのも魅力的ではあった。
ところがこれからリノベーションが始まるというその部屋は古い上にどこか陰気臭く、特にベッドルームの窓際にハエが何匹もたかっていたのには閉口した。リノベーションすれば変わるとは言うけれど、残念ながら今の私には不確実性を度外視する目的で自らの想像力を掻き立てるような思いきりの良さは無い。
何より一緒に暮らす2匹の犬のことを考えればできるだけ土から近いところがよかったし、ゆっくり歩ける場所が多いエリアであるのがベターだ。そして私はこの物件を選択肢から除外することに決めた。
次は2階建てのアパート。こちらは事前に電話で連絡していた管理会社の担当者の印象がとてもよく、実際に住むことになった時にもより安心感を持てそうだと感じていた。
周辺の環境から言うと、ダウンタウンからは車で15分程の場所に位置するこのアパートは静かな住宅地にあり、あちこちをリスが走り回っているのさえ無視できれば犬を散歩に連れ出すにもいいエリアだった。ダウンタウンから離れるとは言え、歩いて行ける場所にはスーパーやホームセンター、ファストフード店などもあって、カナダでもずっと田舎の町に住んだ経験のある私からすれば充分便利な場所だ。
部屋そのものもコンドミニアムのそれよりずっとよかった。リノベーションが済んでいてきれいだし、私が重視するキッチンの広さも悪くない。コンロや冷蔵庫も新しいものが備え付けられていた。ベッドルームが小さめであるのが気にならない訳ではなかったものの、一定の収納スペースはあって、引越の前に断捨離をすることで対応可能と判断できた。
ただこの時点ではあくまでも選択肢の1つとして残した程度。最後の物件への期待を胸に秘めつつひとまずその場を離れた。
最後に残った物件に最も期待していた理由は、それがコンドミニアムやアパートとは違って上の階が存在しない点。アルバータで一軒家を購入するまで、音に敏感な私はどこに住んでも隣人の生活音が原因でストレスを覚え、時には睡眠不足に陥るようなことも経験してきた。
しかしこの部屋、私は実際に訪れてみて更に期待を上回る点が幾つかあるのに気がつく。
まず挙げるべきはその立地と周辺の雰囲気。信号もある交差点に面するこちらの物件、そこで交わるのは1本が個人経営のお店が軒を連ねる道、もう1本は一軒家が並び、所謂「閑静な住宅街」の様相を呈する道で、よって便利さを備えつつも、犬の散歩にも気持ちよく出かけられるエリアにあった。その上ダウンタウンまでは車でたった3分の距離だ。
近所を歩いただけでワクワクが止まらない心を抑えるようにして内覧に伺うと、部屋そのものも完全に想像以上ですぐさま気に入ってしまった。道路に面して窓が沢山あり、周辺にあるのは背の低い建物ばかりだから採光がとにかくすばらしい。幾らかくたびれた建物であるのは否めずとも、その程良いくたびれ加減は却って私にヨーロッパっぽさをも感じさせ、否定的に捉えるべき要素であるようには思わなかった。それに前の2つの物件と違って自分がそこで生活している様子を思い描くことができた。
こうして3か所見て回った物件のうち、自分がどこに住みたいのかはもうはっきりした。当然最後に見たそれだ。だからと言って必ずしも契約が成立するとは限らない。もし他にも同じ物件を気に入った人が居たのであれば奪い合いが始まることになる。
この点を踏まえ、先方と連絡を取り始めた時からここぞとばかりに(久々に)日本人らしい丁寧さや礼儀正しさを発揮して、できる限り相手に好印象を与えられるよう努めた。私自身アルバータでは家を貸し出す側の立場で嫌な思いも少なからずしているから、ここでも逆に自分が相手に同じ思いをさせずに済むようにと考えていた。同時に、一時の恥を忍んで適度にプッシュするのももちろん忘れずに。
そのような心構えが功を奏したのか、後日家主から私に貸し出したいとの連絡をもらった。遠路はるばるアルバータから部屋探しに行った割には3か所しか内覧できずに終わった私も、ここでようやく胸を撫で下ろすことができた。日本人精神万歳。
その後は詳細の確認から最終的な契約へのサインに至るまで、全てがネット上で完結した。全く便利な世の中になったものだ。
とは言え、ネットの存在が物事を進める上で逆に妨げになる部分があるのもまた確か。
例えば今回部屋探しをするにあたって、コンドミニアムやアパートの管理会社のサイトに空き部屋があると掲載されているからメールしてみても、数日後になった来た返事には、現時点では全ての部屋が埋まっていて空きが出るのは来年に入ってから、なんて書いてあったりした。せっかく便利なツールも皆が同じように丁寧に使っているとは限らない。
そして今回部屋探しをする中で改めてネット社会の弊害を最も強く感じさせられた原因は、私自身に存在するネットへの依存性にあった。ネットを信用するあまり、自分でも気づかない間に期待感を無駄に高めてしまっていた。この御時世、確かに大半の事はネットさえあればどうにでもなるけれども、それを利用するのがいつでも最善であるとは言えない。本来は「五感」プラス「第六感」、体力に精神力、更に経験値を駆使して成し遂げていた事を、今なら全部ネットできれいに片付けてしまえるだなんてただの勘違いだったのだ。
今回に限っては幸いにも納得の行く結果にはなったけれど、今後も長く続くであろう海外生活を送る上での反省点がまたひとつ見つかったような気がしている。