ウィンザー日誌

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カナダで恐怖体験 コウモリに寝込みを襲われた夜

あれは先週金曜日のこと。忙しかった一週間を過ごし終え、心休まる週末を迎えんと、既に寝床についてウトウトしていた時だった。

突然、すぐそばで寝息を立てていたはずの娘達(犬2匹)が部屋の中を走り回り出した。何事かと目を開けると、暗闇の中を何かが飛んでいるように見え、犬も明らかにその姿を追いかけている。漸く両目がその暗さに順応し、その何かの正体がコウモリであると気がついてしまった私は、深夜であるのを忘れて危うく発狂しそうになった。

目が覚めたその瞬間にはもう窮地に陥っているような状況下では、コウモリが一体どこから侵入したのかを考えるなどは二の次で、何よりまず先に、どうやってヤツを外に追い返そうかとの思いでいっぱいになった。

そして私はどうにか部屋の灯りをつけ、犬達をコントロールしながら、醒めたかどうかも分からない頭をできる限り働かせる。リビングルームのドアを閉めつつ、外へと繋がるキッチン側のドアを開放した上で、ひとまずは寝室から追い出そうと試みるも、賢いのかそれともバカなのか、コウモリは一向に出て行ってくれない。

結局は作戦を変更し、寝室内に閉じ込めた状態でホウキを使って退治することにした。実際にはそんな方法でどうにかできる訳も無いと、今となっては思うのだが、私が振り回すホウキの届かない場所を狙って逆に低空飛行を始めた敵は、動きのより俊敏な長女によっていとも簡単に床に叩き落とされたのだった。さすがは元野犬。

最終的にやっつけることができたからよかったものの、この不幸なコウモリはどのようにして家に入って来たのか。それはヤツと対峙していた中で判明した。私の寝室には天窓があるのだが、これが天井から煙突のように高くせり出した空間の先端にあり、その「煙突部分」を構成する木板がずれているせいで寝室と屋根裏の間に隙間を生み出してしまい、どうやらコウモリはそこから入って来たらしいのだ。

何故そんなに建て付けが悪いって、ここオンタリオ州ウィンザーにあるのはどこもかしこも古い家屋ばかりで、私が借りているのも築百年を超えるような代物だ。当然あちこちにガタが来るものだから、家主達はそれぞれにそういった箇所を直しつつ住んでいるのだろうが、ただ貸し出すだけならばそこまで神経質にもならずに済み、特に私が捕まえてしまったような悪徳家主に至っては、こちらから何度要求したところで問題を放置したままにするのだって当たり前だから本当に困る。

さて、戦いに敗れ去ったコウモリをその後どうしたかと言うと、床に落ちた時点ではまだわずかながら動けているのを見て、私はダンボール箱の切れ端を使い、また別のダンボール箱にその躯体を収めてベランダに放置した。もし運良く回復すればそのまま逃がせるだろうと期待していたが、翌朝確認してみると、ヤツは箱を棺桶の代わりにするようにして、あえなく朽ちてしまっていたのだった。

退治できたからと言ってそれでは終わらないのがコウモリ。何せ万毒の源だ。

ウィンザーを管轄するヘルスユニット(公衆衛生部門、つまり「保健所」的機関)に連絡すると、特に狂犬病ウイルスに感染していないかどうかを確認する為、「検死」を行う必要があるとのこと。ここで聞かれたのが、コウモリの頭が残っているかどうか。犬に退治されたと聞いた担当者は、てっきりコウモリが食べられてしまったのかと心配したらしい。

そうして、私は幸いにも目立った損傷の無いそのコウモリを、近くの動物病院に持ち込むよう求められた。動物病院に持ち込みさえすれば、同日中にヘルスユニットの担当者が引き取りに行くという仕組みなのだそう。

ところがここでまた問題が発生する。数軒の動物病院に電話で連絡を取り、事情を伝えたところ、続けざまに断られてしまったのだ。公衆衛生に関する問題であり、私はヘルスユニットに指示されたとおりにしようとしているにもかかわらずだ。普通に考えれば断ってはいけないことのように思われる。

しかし現実は違って、動物病院には検体の引き取りを断る権利があるようだった。それはただでさえ土曜日、開いている動物病院は多くない。事実、それも見越してのことだろう、ヘルスユニットの担当者は電話越しに私に言っていた。「もし病院が見つからなかった場合は、月曜日まではひとまず家の冷凍庫で保管するように」と。あくまであっけらかんと。冗談じゃない。コウモリの死骸を冷凍庫に入れるなんて。

ラッキーだったのは、動物病院を探し始めたのがまだ土曜日の午前中だったこと。どうにか引き取ってくれる病院を探し出すことができた。それが午後だったら私は本当にコウモリを冷凍保存していたかも知れない。

おかしな点は他にもまだあった。私自身が病院に行く必要があるのか否かについては、電話に出たヘルスユニットの担当者によると「どちらでもいい」らしい。しかしヘルスユニットのサイトでは、コウモリが家の中に出没した場合、それを見かけた時だけでなく、実際には就寝時に入って来て咬まれていたりする可能性も排除できない為、ヘルスユニットに連絡すると同時に、病院にかかって医師の判断を仰ぐよう求めていた。

それならばと、一応出向いたのが隣町のクリニック。ところがここの医師も大概だった。咬まれていなければ病院にかかる必要など無い、と半分笑うようにして私に言った。問題は咬まれているのかどうか、誰にも判断できないことにあるのだというのに。

本当にどいつもこいつもいい加減。インフルエンザやコロナじゃあるまいし、狂犬病など罹患した時には一巻の終わり。コウモリの「検死」さえ終われば感染の有無が分かるとは言え、ヘルスユニットにしても、クリニックの医師にしても、あまりに危機感が無さ過ぎると言わざるを得ない。

そして昨日、ヘルスユニットから電話が入り、例のコウモリは狂犬病ウイルスを保有していなかったことが判明したと伝えられた。もしここで、「あのコウモリは狂犬病ウイルスに感染していました」だったら、そして万一、私が知らない間に咬まれでもしていたら、既に数日が経過している時点で狂犬病ワクチンの接種を開始しても間に合うのだろうか。ヘルスユニットからはその点についての説明も最初から最後まで全く無かった。

はぁ。でもカナダに住むってこういうこと。

ちなみに、去年(2022年)カナダ各地で提供された検体から狂犬病ウイルスが確認された件数は136にも上る。中でもここオンタリオ州はその内の61を占め全国トップ。そしてその61件中35件がコウモリのものだった。

参考記事:Rabies cases in Canada 2022 – Canadian Food Inspection Agency

オンタリオ州ではないものの、2019年にはブリティッシュコロンビア州でコウモリから狂犬病に感染し、その後亡くなった人が居たそうだ。当時まだ21歳だったとのこと。

参考記事:こんなに怖い!コウモリと狂犬病ウィルス – エドバンコーポレーション